少年たち 闇を突き抜けて

少年たち千秋楽から一週間が経とうとしている今日この頃・・・私は今でも少年たちのことで頭がいっぱいです(なみだ)

 

それほど素晴らしい余韻を残してくれた今年の少年たち。

今回はさっぱり理解できず曖昧にしておいていた場所・・・

向日葵切り付けシーン(勝手にそう呼んでいる)について考察していきたいと思います。

長すぎてツイートするのがためらわれたので、ここで失礼しますね。

 

 

いつの時代も少年たちは夢を追い、人を愛し続ける。

しかし自由を奪われた少年たちは、争うことでしかその怒りを鎮めることはできない。

 

 

序章で語られるこの言葉。今回この言葉を頭において、色々考えてみました。

 

 

 

 

 

★前提

まず今回の向日葵切り付けシーンの考察の前に、前提として私は

”岩﨑大昇は2重人格である”

と踏んでいます。

 

普段の様子から、戦争のトラウマや家族を守れなかった罪悪感などの大きなストレスによって、"岩﨑大昇"人格は中に引っ込んでしまっていると考えます。

しかし、懲罰房シーンやラストシーンで”家族”をキーワードに見え隠れすることから、完全に消失したわけではないと考えています。

よって2重人格。

 

そして最後の銃で打たれる前のシーンで発せられる

 

「皆はの家族だ。の夢は・・・家族を守ることだ!!!」

 

塀の中で大切な仲間になった家族を守りたい』というイワサキの願い

姉ちゃんや母さん、父さんを、家族を守りたい』という岩﨑大昇の願い

この2つがリンクし、罪悪感の帳消しに成功。

そしてこの瞬間、"岩﨑大昇"人格は成仏?完全に消え去ったのではないかと考えています。

 

 

”岩﨑大昇”人格が完全に消え去っていると考える理由として2つ。

①銃で打たれた後、亡くなる直前の一人称は"僕"。喋り方もイワサキ人格

②少年院の前で5人が懐かしんでいる時の幽霊(?)大昇の顔が優しげ これもおそらく"イワサキ"人格

 

その後も(私が見た公演では)険しい顔つきはしていなかったように記憶しています。

 

 

ではこの前提を踏まえて、本題に入ります。

 

 

★向日葵切り付けシーンまでの流れ

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5人はブランコだけ残った更地の前で、それぞれ夢を叶えた姿をイワサキに報告に訪れる。

フジイは弟を救い考古学を研究することができている。

ウキショ&ナスはまた2人でダンスが出来、コンテストで賞もとっている。

カナサシはお金持ちで幸せそう()

サトウもパン屋を開業、パンに囲まれて生活出来ている。

 

それぞれの話が盛り上がった後ひと段落し、イワサキに語りかける。

 

 

ウキ「見守っててくれよ!俺たちは夢に向かって突き進んでいくからさ!!」

カナ「俺たちはもう未来を間違えたりしないから」

 

 

イワサキは笑顔でうなずきながら話を聞いている。

 

 

ウキ「じゃあ皆で飯でも食うか!!」

楽しく会話しながらお店に向かう…

 

 

時が止まり暗転。ピアノ伴奏

聖徳太子シーン

 

 

それぞれ爆発しそうな勢いでこちら側に何か伝えている。

それぞれ険しい顔つきである。

 

 

再び暗転

 

 

サトウが下手に1人だけ登場する

 

サトウ

「いつの時代も、人は戦いに明け暮れる。人間の長い歴史で戦争がなかった日は1度もない。

今日も世界のどこかで戦争が起こっている。今こうしている幸せ。戦争と無縁な人生。それが当たり前だと思っているのは・・・この国に住んでいる人だけだ!!!!

それを忘れてはいけない。

 

…そうだろ?タイショウ。」

 

 

イワサキ

「(穏やかな笑顔で)その通りだ。」

 

 

 

イワサキが後ろを振り向き、向日葵を見つめる。

 

 

………警棒を取り出し、向日葵を躊躇なく切りつけると同時に少年たちの"少"の字が赤く染まる

 

 

~エンディング~

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初めて見た時「????????????????????????????」

 

 

 

マジで衝撃でついていけなかった……胸のゾクゾクが止まらない中ショータイム入り、流れてくる ♬世界は愛に溢れている〜の歌詞 ←エ〜〜なんですかこの皮肉は、誰ですか天才ですか

 

 

初めはやはり心の中には皆闇を持っている、実は闇を突き抜けられませんでしたって話ですか?←それはそれで良い  となりましたが、疑問点を整理してもう一度少年たちを観劇。じっくり考えてみました。

 

 

結論としてやはり、

 

"闇は突き抜けられた。舞台少年たちはハッピーエンドである "

 

にたどり着きました。

1つずつ説明していきますね。

 

 

まず、闇は突き抜けられなかったverが結論であるとします。

すると、5人の報告→サトウの語りに答えるイワサキ→聖徳太子ーン→向日葵を切りつけるイワサキ  の順で物語が進む方がかなりしっくりくると思いませんか?

 

この順番にも意味があるのでは?と考えたため、一旦闇は突き抜けられなかったverは否定します。

 

 

次に気になったのがピアノで流れるBGM、闇を突き抜けての前奏。

この前奏は普段8小節で終わりAメロに突入します。しかし、一向に始まらず繰り返される前奏部分。

つまり

 

 

これから始まるシーン=闇を突き抜けられない話

 

 

であると想定しました。

わかりやすく言うとまだ戦争が続いていて、あの時警察から逃れられた5人で、イワサキに出会わなかった世界線での話なのではないか…?と考えました。

 

時代のせいで心が曲がってしまっていた5人でしたが、イワサキに出会わない、誰も更生できない辛い戦争の中では、少年たちは世界に絶望して争うことでしか怒りを沈めることが出来なくなったのではないでしょうか?

 

 

ここで思い出される初めの語り

 

 

"自由を奪われた少年たちは、争うことでしかその怒りを鎮めることはできない"

 

 

 

その怒り=聖徳太子シーンであらわされたのではないだろうかと私は考えています。

 

 

 

舞台少年たちで1つのキーワードだったと考える、"時代のせい"の言葉。

 

彼ら5人はイワサキをキッカケに未来に光が差し、再び夢を追いかけることが出来ました。

しかし、戦争(の時代のせい)で汚されてしまったままの心では、あのような結末にもなる、という事ではないかと。

救いのない世界では、こう成長していたのではないかという想定。

 

 

 

 

よって最後の向日葵切りつけシーンは、

 

 

イワサキは向日葵を愛おしそうに育てる少年にも、警棒で躊躇なく切りつけるような少年にもなりうる、ということを示唆しているのではないか

 

 

という結論に至りました。

 

警棒で躊躇なく切り付けるような少年が存在する世界戦は、私たちが今存在している地球であると、岩本さんはそう伝えたかったんじゃないかなぁ、と・・・

 

 

・・・えーん長かった( т т )

 

 

これは私が、彼らに夢を追いかけながら幸せに生きていてほしいという願いも込めた、かなり自我の強い考察となっておりますので悪しからず(  ᐢᢦᐢ )

 

文才がないので私の考えをここにあらわすのがかなり難しかったです。読みにくかったらすみません( т т )

実はまだ納得できていない部分もあって、是非皆さんの考察もお聞かせください〜( т т )

 

marshmallow-qa.com

 

 

 

★おまけ

私が一番感動したシーンはかなりゅシーンだった訳ですが・・・

カナサシが”消えてしまいたい”と か細くつぶやくシーンは必ず泣いてしまいました・・・( т т )

 

 

そしてしこたまシーン、クスっと笑えるポイントなんだろうな・・・と思いながらも

思い出さないようにしているほどのトラウマなのに、"殺"のために叩き込まれて染み付いた技術がお金を稼いで"生"きるための礎になってるのが、なんとも皮肉で切なかったです。

カナサシはお金持ちで幸せそう()にはこんな含みがありました。←お前が伏線張るんじゃないよ

ブランコを直して誇らしげにしているカナサシを振り返ってもそうだよね・・・カナサシ兄さん・・・ホロリとなりました・・・( т т )

 

 

浮所くん、そして美 少年の皆様!その他の皆様!改めて、舞台『少年たち  闇を突き抜けて』全35講演、本当にお疲れ様でした!!!!!!!!!!!!!素敵な舞台をありがとうございました( т т )!!!!!!

 

 

今日も明日も明後日も、浮所くんが世界で1番かわいいし宇宙で1番えらいです( т т )♡

ずっとしあわせでいてね。おいしいもの沢山食べてね。いつもありがとう( т т )

頂いたパワーを明日への活力にして頑張ります!!!!!!!